2012/01/21

ミートソースのピッツァ

日本のデリバリーピザで、特に秋になるとキャンペーンが展開される「ボロネーゼ」という
メニューがありました。
今もきっとあるのでしょう。いわゆる、ボローニャ風ミートソースをのせたピザのこと。



イタリアでの生活も数年が経ち、リストランテ兼ピッツェリアで働いていたある日のこと。
同僚のピッツァ職人と話すなかで、ふとこのことを思い出し、今さらながらイタリアにはこの
メニューが存在しないことに気づき、愕然としました。

そこで後日、まかない料理で、彼にお願いして自分だけのためにミートソースのピッツァを
試作してもらいました。
これが実に美味…!
伝統レシピで煮込んだミートソースと、完璧に発酵した本場のピッツァ生地の、初めての食感。
日本のそれをはるかに超える、上品かつ繊細な本格料理に仕上がったのです!

それでも完全なマッチングにはもう一工夫必要だと感じ、後日、ミートソースの量を少し減らし、
ナスのグリル焼きをのせて試したところ、申し分ないほど完全な調和が生まれました。

ところが、これを見た他のイタリア人カメリエーラ(ウェイトレス)たちから、苦々しい顔で
「キモチわるい!悪趣味!」と非難の嵐…。
特にピッツァの本場ナポリ出身のシェフが言った「オマエはイタリア料理を汚した!」との言葉は、
イタリア人特有のいつもの大げさな表現とはいえ、彼の本心そのものだったと思います。
「ピッツァに使うなら、オレのミートソースは渡さない」と言い張る彼をなだめるのに苦労しました…。



イタリア人からしてみれば、ピッツァにミートソースなど絶対にありえない組み合わせで、
先人たちが築き上げてきたイタリア料理への敬意を甚だしく欠いているというわけです。

このとき、日本生まれの寿司の、世界での普及と発展が頭をよぎりました。
伝統的な江戸前寿司の老舗ではいまだに扱わない、サーモンの握りやカリフォルニアロール
などは、世界中で最も人気のあるSUSHIメニュー。
日本でも大人気の回転寿司は、それ以上にアレンジされた寿司で目白押しです。

しかし、イタリア国内は自国の食文化に関して、日本以上に保守的です。
アメリカ系デリバリーピザ店が続々開発する新メニューは、歴史も文化もないアメリカ人の暴挙、
としか見なさないのです。



試作してくれた同僚のピッツァ職人は、南部カラブリア州出身のイタリア人ですが、
実は約20年間ドイツでイタリアンレストランを経営していました。
そのお店で、同国で人気だというミートソースのピッツァを扱っていたのです!
同僚であること以上に、だからこそ快く私に作ってくれたのですが、ほとんどのイタリア人
ピッツァ職人は、頼んでも作ってくれないでしょう。

しかし、それでも注文してみたいという方は、必ずリストランテを併設するピッツェリアで
頼むことです。リストランテなら自家製のミートソースは必ず仕込んであるものですが、
ピッツァ専門店では絶対に扱っていません。
そして注文の際のコツは、最初にピッツァ職人に直接尋ねること。
カメリエーレ(ウェイター)に頼んでも、まず聞き入れてくれないでしょう。



ボローニャはおろか、イタリアには絶対に存在しない、ピッツァ・ボロネーゼ…。
先日、今も彼が働くそのお店を訪ね、久しぶりに作ってもらいました。
15年前イタリアに憧れて食べていた、あの無垢な情熱を思い出させる懐かしい味は、
今ではなんだか本格的過ぎて、陽気なだけではないイタリア生活のほろ苦さも少し、
混じったような気がしました。

Pizza Bolognese

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